関西の世界遺産

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高野山

慈尊院(じそんいん)

2017/08/31




慈尊院(じそんいん)は女人高野といわれています。 当時女人禁制の高野山に入れなかった空海の母、玉依御前がここに住んでいました。 重要文化財の多宝塔があります。

慈尊院


空海は20数キロにもおよぶ山道を月に9度も下り母を訪ねました。その為、この辺りに「九度山」という地名がつけられました。山道は高野山町石道として慈尊院と同じく世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道(2004年7月登録)」の一部として指定されています。

 

慈尊院をスタート地点として高野山町石道を歩き、高野山に向かうハイキングコースが人気です。

2016年の大河ドラマ「真田丸」の主人公真田信繁(幸村)と、その父昌幸が蟄居した場所がこの九度山です。真田信繁は14年後この九度山から大坂の陣へ出陣する為、大阪城へと向かいました。

慈尊院までの交通案内


□南海高野線九度山駅から徒歩約25~30分(約1.5km)

 

慈尊院
住所:〒648-0151 和歌山県伊都郡九度山町慈尊院832
電話: 0736-54-2214

<高野山案内犬ゴン

慈尊院のゴンのお話

昭和60年代(1985年 - 1988年)に、九度山駅と慈尊院を結ぶ途中にある丹生橋の近くに住みつい た紀州犬と柴犬の雑種である白い雄の野良犬が、やがて慈尊院や高野山の参詣者・ハイキング客を案内するようになった。慈尊院から聞こえる鐘の音を好んでいたため、いつしかこの野良犬は「ゴン」と呼ばれるようになった。

最初の頃は九度山駅と慈尊院の間を案内するだけだったが、1989年(平成元年)頃から慈尊院をねぐらとして、高野山町石道の20km強の道のりを朝、慈尊院を発って、夕方に高野山上の大門まで道案内し、夜には慈尊院に戻る毎日を送っていた。

しかし長く険しい山道を連日のように歩き続けたため、体力的・年齢的にも相当の負担がかかったようで、1992年(平成4年)をもってガイド犬を引退し、その後老衰のため、2002年(平成14年)6月5日午後3時50分に息を引き取った。

約1200年前の弘法大師の時代にも高野山の案内犬がいたという伝説があり(金剛峯寺#開創伝承も参照)、このゴンは「弘法大師の案内犬の再来・生まれ変わり」などと呼ばれ親しまれていたこともあって、同年7月23日に慈尊院住職の計らいで境内の弘法大師像の横に、ゴンの石像が載せられた「高野山案内犬ゴンの碑」が建てられた。

現在、慈尊院には、晩年のゴンと共に暮らした雄犬「カイ」が居るものの、ガイドは行っていない

 <ウィキペディアゴン(ガイド犬)から>

 

⇒ 高野山町石道(こうやさんちょういしみち)

⇒ 丹生官省符神社(にうかんしょうぶじんじゃ)

 


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