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古都京都の文化財

西芳寺(さいほうじ)(苔寺)

2016/05/21




西芳寺(さいほうじ)。苔が境内を覆い苔寺とも呼ばれます。 奈良時代、行基が開創。暦応2年(1339年)に夢窓疎石国師が復興しました。

 

西芳寺(苔寺)は国の特別名勝及び史跡。 現在は事前での往復はがきによる申し込み制となっていますのでご注意下さい。

 

庭は鎌倉から室町時代の臨済宗の禅僧、 夢窓 疎石(むそう そせき)の設計です。 上段の枯山水と、下段の池泉回遊式庭園の2つから成っておりました。 境内北方には上段の枯山水庭園の石組みが残り、この部分は夢窓疎石が造営した当時の面影が残っているといわれています。 枯山水庭園の最古のものです。
今日、西芳寺庭園(さいほうじていえん)としてよく知られるのは下段の苔の庭で、 木立の中にある<黄金池>を中心とした回遊式庭園です。 銀閣を造った足利義政はこの庭を手本としたといわれています。

 

山麓に位置する地形の庭園構成を、 池とその上の山の斜面を利用した禅堂の庭とに分け、
またこの禅堂より山に登る道があり、 頂上に縮遠亭という休憩所がありました。

 

頂上からは桂川周辺を展望しようとして、 池辺の2層の舎利殿からは庭園を見下ろそうとする構想で、両者は同一の考えから出た立体的な構想力を示したものであるとされています。

 

 

池には朝日島、夕日島、霧島と呼ぶ3つの島があります。3つの小島には白砂が敷かれ松が植えられ、亭があり、 池の3面の花木は2段に刈り込まれておりました。

 

池の周囲を埋め尽くす120種類以上といわれる苔は、 造営した夢窓疎石の時代からあったものでなく、 応仁の乱により寺がすたれて徐々に苔におおわれ始め、 現代の苔の庭の姿となったのは江戸時代末期のことといわれています。

 

池の周辺には2層の舎利殿のほかに、釣寂庵、湘南亭、潭北亭、 貯清寮、邀月橋、合同船がありました。 邀月橋は亭をもった亭橋でこれを渡ると長鯨にのって大海に浮かんだようだといわれました。 向上関より石段を上がった所に指東庵という禅堂があり、この山腹に巨石を組み、それは滝を表しています。

 

 

【交通案内】

□京都バス「苔寺・すず虫寺」下車すぐ。

 

□阪急電鉄嵐山線松尾大社駅下車徒歩20分。

 

西芳寺(苔寺)はアメリカの企業家、アップル社のスティーブ・ジョブズが、 晩年家族と共に足げく通ったとされる場所です。

来訪前に往復はがきで予約を忘れずにして下さいね。

【ホームページ】 西芳寺(さいほうじ)

http://www.pref.kyoto.jp/isan/saihouji.html

 


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